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さくらが相変わらずビールのグラスをもてあそびながら白状すると、ジョーが溜息に似た声を出した。
「愛があれば、宗教だなんだって関係ないだろう?」
さくらはいったいジョーがどういう顔をして愛なんて言葉を吐いたのだろうか、と彼を見つめた。
そういう怪しいヤツはやめておけ、と笑い飛ばしてくれるかと期待していたのに、責められているように感じる。
「だったら、愛がなかったということだわね」
そう口に出したとたんに、さくらは自分でもはっきり理解した。宗教が、とか気になってしまったのは、中西にちゃんと惚れてはいなかったということを。
携帯の着メロが聴こえ、ジョーが奥の帳場へ向かった。
黒いTシャツを着た肩幅が異様に広く見える彼の背中。いったいいつの間にジョーはあんなに逞しくなってしまったのだろう、とふと戸惑う。
二言三言喋ると、彼は上半身だけこちらに向けて眉をしかめた。
「あー、さくらがいるから・・」
不意に自分の名前が出たので、さくらはいったいどうしたのかと眼で彼に尋ねたが、ジョーは不安げな表情を湛えたままこちらを見るばかり。
サラリーマン風の男が勘定を支払いに来たので、さくらはとっさに帳場へ向かって伝票をチェックし仲居役を務めることにした。
「毎度ありがとうございます」
威勢良く客を見送ってから、まだ携帯を手にして何やら込み言った話をしているらしいジョーに近づき、小声でいとまを宣言する。
「じゃあ、もう帰るから」
するとジョーに腕をつかまれ引き留められたのだった。彼の手の思いがけない力強い感触に思わず胸がどきりとする。
話を終えたらしいジョーは携帯をパチンと閉めると、真剣な顔を振り向けた。
「今店を閉めるから、一緒に帰ろう」
こちらの返事を待たずに店仕舞いを始めたジョーを手伝いながら、いったい何事かとさくらは戸惑う。
たまたま最後の客達が退出してくれたとはいえ、まだいつもの閉店時間ではないのは確かだった。しかし唇を真一文字に結んだジョーには何か考えがあるらしく、どうやら店を閉めてからでないと答えは聞けそうにない。
店の外に出ると、凍てついた空気に酔いが一気に醒めた。ダウンのジャケットを羽織ったジョーがガラス戸に鍵を掛け、二人で並んで夜道を歩きはじめた。
「何か、あったの?」
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