第3章  ひたすら女磨き!

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会社の営業と同じ、先ず見てくれに好感を持ってもらってから仕事の話に入る。買ってもらうためにはラッピングが大切ってわけ」  里子はそれほど結婚願望を持っていないのだが、それなりに勝気なので「負け犬」呼ばわりされるのは不本意らしく、みんなで女磨きとやらに精を出すことに決めたのだった。  金曜日の夜ともなるといつもは一週間の疲れを引きずりながらおでん屋に向かうのだが、今日のさくらは足取りも軽やかだ。  というのは、会社の帰りに新宿のサロンへ寄り髪を短く切ってもらったのだ。いつもの駅前の美容室ではなく高層ビルに入居している高級サロンで、流行りの髪型の説明を懇々と訊いてからおまかせでカットしてもらった。  ふんわりとロールがかかった今時のヘアスタイルは柔らかく女らしい感じで、美容室の鏡で新たな自分を確認して思わず「素敵!」と見惚れたくなったぐらいだ。  これで夏を乗り切る、いや、夏の間に男をゲットするのだ!  おでん屋のガラス戸を開けると、頭に手拭を巻いたジョーがいつものようにカウンターの向こうから「おー」と挨拶した。「オー!」という賞賛の声に聴こえないでもない。  さくらは定番のカウンター席に座り彼の賛辞を待つ。  ビール瓶とグラス、それに定番のおでんの盛り合わせは素早く出て来たが、ジョーは俎板の上で甲斐甲斐しく白菜ロールなどを作っており、こちらを振り向かない。こっちのロール髪を見てよ、と言いたくなる。 「ちょっと、何か気づかない?」  しびれをきかせてさくらはヒントを与えることにした。 「何か、って?」ジョーはさくらを見ると?(はてな)という表情を浮かべた。  まったく我が弟分でありながら、なんて鈍感な男なのだろう。 「この髪型よ。今日切ってきたんだ」  さくらはちょっと首をネジ向けて、一万円以上奮発したシャギーを入れた髪のお洒落な後ろ姿を披露した。 「あー、そう言えば少し短くなったな」 「それだけ?」 「涼しそうでいいんじゃない?」  ジョーはとってつけたようにそう言うとまた俎板の上の白菜を巻きはじめた。  まさに猫に小判だった、とさくらは意気消沈する。ジョーのような大学の数学科研究室とおでん屋に埋もれている美意識が欠如した男に、最新の髪型が理解できるはずがない、とこちらもわきまえるべきであった。
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