第1章

10/33
前へ
/33ページ
次へ
  「もし、お主のいう通りであれば、何故去勢手術をせねばならぬのか、どう思う」 「わしにもよく判らぬ。考えられることは領民が貧しすぎることかな。いや、これではあるまい。この施術料は玉一両とか二両といわれている。二個取るなら四両(約四十万円)だ。誰も彼もが手術を受けるというわけにはゆくまいな。これほどの金子をかけてまで、ご亭主の玉をぬくであろうか。まずご亭主が承知すまい」  練三郎が考え込んでしまった。何か思いついたのかも知れない。そして言った。 「考えられることは惚れた男に捨てられた女が、仕返しに誰かと組んでやっているかだ。玉抜き請負人みたいなのがいるのかもしれんな」  医者を仲間に引き込めば出来ぬことはない。ひとりの医者なら一日五六人の玉抜きなど簡単なもんだ。四五人も仲間が寄れば、阿波のご城下など四五年もあれば玉なし男で埋まってしまうであろうよ」 「その去勢だな」 「おそらくな、江戸家老が慌てて当然だな、空恐ろしいことだよ」 「うむ……」 「これは徳島藩だけの問題ではない、我が国の将来にとっても由々しき重大事だ。まず間違いなく一味がいる。伊香保などいつだって行ける。ただし、玉抜きされずに戻ってくればの話しだ。どうだ、拙者も一緒に参ろうか、藩医でもあるしな」 「うむ、とにかく状況を見定めてくる。都合によっては報せる、そのときは田崎と一緒にきてくれ」 「気をつけろよ、お主が探索方だとわかれば、一味は抹殺に掛かるだろう。とくに女には気をつけろ、阿波の女は情が濃いというではないか、同衾中に一服盛られ〝玉よいずこに〟てなことにならぬよう気をつけろよ」  支度ができたと珠美が告げた。  卓袱台の上には焼き秋刀魚が乗っていた。皿の端には酸橘(すだち)が添えてある。阿波名産の一つだ。江戸詰め家臣からの心付けであろう。  好太郎は酸橘を掛けた焼き魚がことのほか好物であった。父の兄須見忠澳(ただあき)から、秋には必ず届くのが酸橘の実だった。 
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加