第1章

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 風をはらんだ帆が網を曳いている。朝日が水平線の上に昇り、日陰となった打瀬船が一幅の絵となっていた。    下を見れば小太郎が一回りした城山を囲む武家屋敷の家並みに陽があたり、朝靄の滴に当たってきらきらと煌めいていた。  山の真下は寺町だった。これも城を守るために集められた戦時の兵站線であろう。よく考えられた町割りである。  一刻ほど町筋を眺めていた好太郎は、 「よし、判った!」  と、呟くと立ち上がった。町筋の一つ一つ、街道から露地裏まで、判別できるものは頭のなかに叩き込んだ。〝お役目〟のとき、初めての土地では必ず取る行動だった。  その土地の地形を憶えてこそ、仕掛けもできるし、逃げ道も見つかるというのが好太郎の持論だった。 「さあ、行くか……」  須見忠澳屋敷に行くためである。  伯父忠澳の屋敷は重臣を集めた濠割りの近くにあった。眉山からの俯瞰で道に迷うことはなかった。 「遅かったではないか、何処で何をしておった」  厳しい顔だが目は笑っていた。それにしても可笑しげな事をいう伯父だった。遅かったとは一体どういう事なのだ。 「少々寄り道を……。いろいろ見ておきたいこともあった故。伯父上、わたしが国表に向かったことを何故ご存じで?」 「バカ者、孫太兵衛からも、彦兵衛からも、とっくに連絡は来ておるわ」 「それはまた手廻しのよいことで……」 「飛脚便が着いてから、半月も過ぎておる」 「いろいろ策を練りながら、……我が藩のようなことが他藩ではどうかと、道中世情を見聞しながら参った次第で」 「判った、お主の顔を見たからひとまず安堵した」  忠澳とは何度か会っている。最後に会ったのは三年前の参勤交代のとき以来である。頭には白いものが増え、この三年の間に急に老け込んだようだ。
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