第1章

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 父久兵衛と六つ違いの兄だから、今年で六十四歳の筈である。藩の参政で元老である。藩主とも血縁で一門七家から参政職が出るきまりであった。そのなかで須貝家が筆頭であった。 「他藩はどうだ、此度のような現象はあったかの」 「道中で探ったところでは、今のところ阿波だけのようですな」 「そうであろう。まったくもってよう判らぬ。今日明日という差し迫った問題ではないが、といって放置できぬ由々しき事だ。そこでお主を呼んだ。これまでの〝お役目〟の成果は孫太兵衛より聞き知っておる。わが甥だけのことはあると気を強くしている」  忠澳が煽てるように呟いた。 「何はともあれ、国表で解決すべきことだが、いろいろ考える内にそなたの力を借りることにした……。我が藩だけのことではない。大袈裟な言い方だが、三百余州つまり日本の将来を左右する重大事と捉えたほうがよいと思っている。その悍まいことが我が藩から派生した。何としても阻止せねばならん」 「何故そうなっているのか、真相だけは突き止めるつもりです」 「うん、そのためなら何なりと申せ、東條圭助とも協力して解決してくれ」 「東條圭助とはどのような人物です?」 「ななかの切れ者だ。軽輩の出だ、それも五石三人扶持という。いわば食うだで精一杯という下士だ。兄弟も多い。圭助は暮らしの足しにと日雇い人夫までしていた。それも十歳ごろからだ。儂はそんな圭助を偶然目にしての。聞いてみるとその土嚢積み現場には二十人近くの子どもが働いていた。女の子までいた。そのとき圭助がいった言葉が今でも耳の奥に貼り付いている」 「どのようなことを……」 「働くことは辛くない。ただ軽輩のこだから剣も学べず、勉学の学費もない。それが悔しいと。そしてどの子にもそれぞれの夢がある、夢に向かって励める世の中はいつくるのですか、と言いおったわ」 「……」 「そのとき儂ははっとした、藩の将来のためにも子どもたちの夢を叶えてやらうとな」  忠澳は昔日を思い出しているのか、瞑目してしばし口を噤んだ。
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