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そこで我ら一門の禄を削り、貧しい子どもたちのための幼年学問所を創った。その一期生が東條圭助らだ。領内を八つに区分けして八校創った。今では千名近くの子が勉学に励んでいる。男女共学だ、武家の子弟だけではなく志さえあれば誰でもよい。必ず世の爲に働く人材が育つと信じている」
「それは良いことをなされましたな」
「東條圭助はその後勉学に励み、自力で与力にまで進んだ。彼の能力ならもっと上まで行くであろう。後に続く者たちが存分に力を発揮できるよう、我々参政が後押ししてやらねばならないと思っている。それが藩の隆盛を支えてくれることになるのだからな」
「いい話を聞きました。いずれ東條圭助にも協力願う事になりましょう。その東條圭助、拙者が国入りすることは知っているので?」
「ああ、それとなく伝えてある。そちの江戸表での働き逐一知っておった」
「どこか旅籠を探してくれませんか。わたしもそれなりの所を探してみますが……」
「ひとりで暮らす気か、この屋敷が気に入らぬのか」
「ここから出入りすれば、わたしの身元がばれてしまいます。何かと動き難いかと」
「それもそうだな、早急に探そう。目明かしの三次なら明日にでも見つけてくるだろう」
「それはまずいです。端っから目明かしとつるんでいると思われちゃ何かとやり難いですから」
「費(つい)えは藩持ちだ、とりあえず百両用意しておいた。切れたら取りにくるように」
忠澳と一緒に昼餉をとった。そのあと好太郎は午睡し、日暮れ前に須貝屋敷を出た。とりあえず今夜は忠澳宅で泊まるとして、明日の夜からの宿のこともあり、小料理屋や水茶野が多いという富田町界隈に向かった。
日が落ちるまでにはまだ一刻半はある。そこで朝方に見た眉山裾の寺町へ歩を進めた。何はともあれ先祖の墓参りだけは済ませておくつもりだった。
忠澳に聞いていた一族の墓前に額ずいたあと、ぶらりと寺町を歩いた。気が付いたことは、寺町に似つかわしくない瀟洒な屋敷が散在していることだった。どこから見ても武家屋敷ではない。
そしてその屋敷から次々と男連れが現れ、二股の露地に差し掛かったとき、どの二人連れも別れを惜しむように口を吸いあい、別々の道をとるのだった。
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