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二人は富田町の料亭「美雪」に上がった。行灯の灯がやけに明るい。男オンナと同伴の料亭遊びは初めてである。
端からこの男オンナと交合する気などない。いくら血迷うても菊座の蕾に性を放つなど笑止だ。酔わせたあと「大滝」に連れ込み、股間の玉数を調べるつもりだった。
酒肴がきた。酒は土地の銘酒で「渦の舞」辛口である。魚は今朝小松の浜で揚がった鱚子であった。七寸ほどの良形である。白味の魚だった。
当然、輪切りの酸橘が付いていた。小さな篭のなかに予備の実がはいっている。さすが酸橘の産地だ。男が手を伸ばし好太郎の猪口に酒を注いだ。さっとその手を見た好太郎が、
「お主、武士だな」
額には面胼胝(めんだこ)もある。手を返せば竹刀胼胝でささくれていた。
「お分かりになりましたか。奈間倉さま」
「与力どのか」
顔を見合わせて大笑いした。それにしても涼やかな声、腰で品をつくって寄ってきた様は、男オンナそのものであった。
「一瞬、その気になりかけたぞ」
「私も奈間倉さまなら、まあいいかと観念して掛かりました」
そこでまた大笑いであった。
江戸家老加嶋孫太兵衛によると、東條圭助は三十五歳だといった。好太郎より八つ年長だ。色白で肌理は細かい。あの声この肌つやなら、行灯の芯を絞れば、女と見間違う男もいるやも知れぬ。
「こちらでは御奉行が乗ってきません。いまのところは江戸家老様が気を揉んでいるだけで、こちらでは深刻に受け取っていません。ですがこのまま看過すれば重大事を招くは必至でしょう。さすが殿です、よくぞ奈間倉さまを差し遣わして頂きました。これで奉行所も動くでしょう。御奉行とて知らぬ存ぜぬでは通りません」
「拙者の計算でゆくと、今の確率で男オンナが増え続ければ、五十年先は我が藩は立ち消えているかも知れない。もう、先送りは出来ないところまできている。ここ一年ほどの間に根を断つべく総力をあげるべきです」
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