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江戸家老加嶋孫太兵衛が言ったとおりだった。
半信半疑で国入りしたが、これほどまでに男オンナがはびこっているとは思わなかった。
軒に灯が入るまでには、まだ半刻はあろうというのに。新町橋を行き交う男たちの十人に一人は、尻をうしろに少し突きだし、どことなく虚ろな目を路上に落とし、うつむき加減にふらりしゃなりと歩いて行く。
しなをつくったつもりなのか、首をかしげ肩をすぼめてなよなよと歩く。
橋のたもとに立って10日は過ぎだ。それも朝の四つ(午前10時)に宿を出て、町木戸が閉まる夜の四つ(午後10時)まで、じっくりと見定めていた。
風体はさまざまだ。植木職風の男もいるし、小粋に印半纏を着込んだ大工らしき男も、摺り足ぎみに橋を渡ったた。
お店勤めの稼ぎでは、手も足も出ないような値張りものを羽織り、襟を抜いたその首下に白粉をはたいた兄さんも、ちょこまかと今しがた小走りに渡った。
笑いをかみ殺すのに往生したのは、刀を一本落とし差しした侍が、日焼けを気にしてか桃色の派手な日傘をくるくる回し、腰を振りふりやって来たときだ。身の丈六尺を優にこえる偉丈夫が、朱色の欄干にもたれ、通りかかった若い侍を呼び止め、脇腹をつつき、「オホホ、オホホ」と笑い興じたときである。
若い侍はいかにも迷惑そうに後ずさりしたのだが、一本差しが欄干に追い詰め、若い侍の手をとって自分の胸に押しつけたものである。
かすかに聞こえた二人の遣り取りから察して、どうやら城中では若侍の上役のようであった。下城の刻限をとうに過ぎているところからして、大男が若侍を待ち伏せしていた模様だ。
とうとう痺れをきらせた若侍が、邪慳に大男の胸を突きとばし、ひとこと言って欄干を離れた。尻餅ついた偉丈夫が、恨めしげに若侍を目で追いつつ、──ヨシサマ、イケズ。と泣き伏した。
その声たるや汐入り川がびっくりして、ひと汐引きそうな胴間声だった。どうやら声帯まではまだオンナしていないらしい。
それにしてもよく通るものだ。この界隈は男オンナが群れてくる町なのだろうか。
この日中、それも秋口だ、まだまだ夏の暑熱が町を覆いつくしている。
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