散歩道

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私は、グレーの壁に掛けられた、一枚のキャンバスに描かれた風景を、身動ぎもせずに見詰めていた。 あの人は、 幼い私と病気がちの母を捨てて、画家と言う自分の夢を選んだ、冷徹で利己主義な人間。 私はずっと、そう思って憎んできた。 ううん。 憎まなければ、生きては来られなかった。 もしも再び会う時が来たとしても、絶対、認めない。 その生き方も、その存在も。 ましてや、その手による作品なんか、認めるものか。 そう固く心に誓っていたのに……。 一枚のキャンバスの中に、まるであふれ出るように描き出された風景。 その風景は、私の心の琴線に、この上もなく優しく触れた。 ――なんで、こんなに温かいの? なんで、こんなに切なくなるの? こんなの、狡い。 狡いよ。
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