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カツ、カツン。
カツ、カツン――。
背後から近づいてくるのは、片足を引きずる独特の足音。
ぎゅっと目を瞑り、一つ大きく深呼吸をする。
私は目の前のキャンバスを、もう一度見詰めた。
――この風景が描ける人なら。
懐かしい気配が、近づいてくる。
私は、上手く微笑む事ができるだろうか?
「ゆき……」
低く、そしてひどく優しく響く、私の名を呼ぶ温かみのある声。
無口だったあの人の声を、私の耳はちゃんと覚えていた。
その事実に、熱いものが喉の奥から込み上げてきてしまう。
ゆっくりと振り返る。
ぐにゃりと滲んだ私の視線の先には、あの頃よりも大分年老いた、父の照れたような笑顔があった。
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