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突然の徴兵に農民Aは困惑していた。
「なんで、おらがこな事を……」
朝廷の常陸介藤原維幾により、急遽集められた国府軍。人手不足も相まって常陸府中(現在の茨城県石岡市)の農夫も借り出されることとなっていた。
戦況は不明であるが、兵力差は約三倍――。農民A側である国府軍が負けることなど欠片も想定できない。当然、数合わせで集められた農民Aに不安の色は無い。
「一人くらい、怪我したもんの槍でも拾えたらめっけもんだ……」
戦乱燃ゆる平原を避け、小山をコソコソと徘徊する農民Aは半ば戦場泥棒のような体であった。しかし、このような小山でさえ、騎馬が通るほどの獣道はあるもので、農民Aは迂闊にも歩きやすい獣道をノロノロと歩いていた。
「お、馬の足音ださ。こりゃ、藪から槍さ出しちまえば、良い手柄になる。どうせ、こないなとこに来る奴。捨て駒に決まってら」
ひっそりと藪の中に隠れる農民A。近づく足音……。
(今だべ!)
勢いよく出された槍は、しかし騎馬に華麗に躱された。
「出てこい! 卑怯者!」
これは勝てない逃げられない。そう断念したのか、意外にもあっさりと藪から姿を現す農民A。そこで藪から顔を出した農民Aは、目を疑った。
思ってたんと違う!
顔がそう言っていた。それもそのはず、想像していた捨て駒兵では有り得ない立派な鎧兜を身に付け、村では見た事もない大柄な馬……。驚くなと言う方が無茶と言うものだ。
「名を名乗れ!」
「な、名など無い……だ」
「そうか、なら良い。では選べ、ここで絶えるか、恥を顔に塗って帰るか……」
槍を農民Aに突き付けて語る騎馬兵。農民Aは震えて立ち上がることも出来なかった。
「み、見逃してくれんのか?」
「ふん、まったく気骨の無い男よ。ならばそこでそうして腰を抜かしておれ。すぐにこの戦は終わる」
「あ、あんたはいったい……」
「なんだ? 知らぬのか?」
騎馬兵はすでに槍を抱え直して走り出す構えだ。
「平将門、この戦を制する者よ」
単騎で颯爽と山道を駆け抜け、将門は国府軍本陣へと突撃していった――。
「まさかの将門??」
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