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「こんにちあ」
彼の口から初めて出た言葉に、私は小さく震えた。
「はい、名前は?」
施設のおばさんがそう促すと、彼は手に持っていた黄色いカバンを胸に抱き、恥ずかしそうに目を左右に泳がせた。
「…うくあら、りんたろ」
私が小さく首をかしげて、施設のおばさんの顔を見ると、おばさんは彼の頭を優しくなでながら透明なファイルに挟まっていた一枚の紙を差し出した。
―――福原 凛太郎
それが、彼の名前だった。
「まだハ行が苦手で、エイチの発音が出来ないんです」
おばさんは我が子でも見るように凛太郎を見つめた。
「生田さん」
私のお母さんが施設のおばさんをそう呼ぶと、二人はなにやら難しい話を少しした後、席を立ち、「少しここで待っててね」と言い残してどこかへ行ってしまった。
私は目の前に残された凛太郎を見つめ、重たい唾を飲み込んだ。
「…何て、たの?」
私が出した言葉は思いがけず詰まり、聞き取れなかった凛太郎は目をまん丸にして首を捻った。
「何て呼ばれてたの?」
今度はちゃん言えた。
「りんちゃん」
凛太郎は私の目をじっと見た。何も反応できず、ただ黙っていたが、直ぐに、私の名前を求めていることに気がついて、あ、と声を漏らした。
「私はね、月島睦美っていうの。むっちゃんって呼ばれてたよ」
凛太郎は理解したのかよくわからないが、何度も小さく頷いていた。
「凛太郎は、今何歳なの?あ、私は七歳だよ。小学校一年生」
凛太郎は、両手を見つめながら指を動かし、少しした後に両手でピースを作り、ずいっと前に突き出した。
「ん?二歳?」
「違うよ、よんさいだよ」
あぁ、と声を出した私はなんとなく恥ずかしかった。ピースが二つあるのだから、四に決まっている。
「むっちゃんは、りんたのお友達になるの?」
凛太郎がまっすぐ私を見て質問してくるものだから、私はなんと答えたら良いかわからなくなった。
「…多分、違うよ。私と家族になるの。だから、お姉ちゃんになるの。…でも、血は繋がってないよ?でも、お姉ちゃんになるんだと思う」
お母さんに連れられて訪れたこの場所は、「すだち」という名の養護施設だと聞いた。
両親がいない子供や、両親が訳あって育てられない子供たちがここに預けられるそうだ。
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