【16】苟且

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台風一過、武家は赤の他人同士、四人と犬一匹の奇妙な生活が始まった。 いくら戦後の混乱期で、身寄りのない子や行方知れずとなった人間が溢れていたとしても、生きている人間には必ずそれぞれに親がいて、連なる縁者がいる。 「私は反対だな」 子供を引き取ると打ち明けられた友人、尾上慎は即答した。 「君も良く知っている。ふたりとも良い子だよ」 「子供の性質をとやかく言うのではない、よく調べてからにすることだ」 「身寄りがないと言ってる」 「本当のことか」 「嘘ついてどうするの。第一、あのふたりの来歴がわかるものなんて、何もないんだ」 「名前もか」 「多分そうだろうという名前だけなら。あの子たちが持っていた服にね、名札が縫い付けてあった。所々焦げていたりすり切れていてよくわからないけど、呼び名にほぼ韻が似てるから、間違いないだろう」 「自分の名も満足にわからないというのか」 「慎君……まだ小さい子たちだよ、言わないでやっておくれよ。名前は自分の身を証すとても大切なものだ。きっとあの子たちも、自分の親に呼ばれ、大切に育ってきたはずだ。でも、戦争で全部狂っちゃったんだ。東京へ出て来て、その親ともはぐれたか、おそらく死別した」 幸宏はふたつの名札を慎の前に並べた。 衣類に縫い付ける小さな札は、ぼけて見えないところもあるが、しっかりとした字で子供の名と住所が墨で書かれていた。 「木幡君が言うには、駅でボロの中にいたふたりを拾ったと。どちらも姓が違うから、血の繋がりはなさそうだ」 「でも、同郷だな」 「うん。広島とあるだろう」 「ふむ」
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