72人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
第1章
男は2カ月先のクリスマスの日に、ケネディ空港で爆弾テロを起こすはずだった。
「イスラムの過激派」の協力者らしい、その男を、レイフは銀行の横にあるコーヒーショップで待ち伏せしていた。
目立たないように、キャップをかぶり、黒ぶちの眼鏡をかけ、よくあるエンジのチェックのシャツにジーンズを履いていた。
毎月、この日に男は銀行に資金を調達しに来ているという情報だった。
窓から、歩道を行きかうまばらな人の流れをぼんやりと眺めていた。いや、本当に眺めていたわけではない。だが、誰かを探している人間というものは、そこにいるだけで目立つものだ。レイフはそれを心得ていた。
小雨の中、ほとんどの人は傘もさしていなかった。ただ誰もが憂鬱そうな表情に見えた。空がどんよりとしている。これからまだ雨は本降りになるのだろう。
メールが来た。同居人のマックスからだ。
「帰りに、トイレットペーパー買って来て。俺の部屋のバスルームにあと一つしかなくなった」
レイフは返信もせずにポケットに電話をしまいこんだ。
今はトイレットペーパーの話に返信する気分ではない。
男が道路を渡って、銀行に向かうのが見えた。
レイフはゆっくりと席を立つと、店を出た。
歩道を歩いた。ゆっくりと、だ。
歩きながら、リュックからタブレットを出した。
画面には何も出ていない。
「あ、」
男にぶつかった。
レイフが持ったタブレットが地面に叩きつけられ、転がった。
「痛…」
レイフはタブレットを拾いながら、男を見た。
男は割れたタブレットを、びっくりしたように見ていた。
「すみません!すみません!あ、ホントにすみません…」
「いって~」
男はレイフがタブレットで思いっきりぶつけた腕をさすっていた。
「すみません、ホントに…」
「いって…」
レイフは男が壁によろけるのを見届けると、そのまま道路を渡った。
道路を渡り切ったところで、歩道を歩きながら男を横眼で見た。
男は酔っ払ったようにフラフラと壁伝いに、銀行に入って行った。
刺した針に湿布した毒が、男を絶命させるのは10分後くらいだ。本人もそれとは気付かないうちに安らかに眠りにつけるだろう。
その頃にはレイフはもういない。
最初のコメントを投稿しよう!