第1章

1/24
72人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ

第1章

 男は2カ月先のクリスマスの日に、ケネディ空港で爆弾テロを起こすはずだった。 「イスラムの過激派」の協力者らしい、その男を、レイフは銀行の横にあるコーヒーショップで待ち伏せしていた。 目立たないように、キャップをかぶり、黒ぶちの眼鏡をかけ、よくあるエンジのチェックのシャツにジーンズを履いていた。 毎月、この日に男は銀行に資金を調達しに来ているという情報だった。 窓から、歩道を行きかうまばらな人の流れをぼんやりと眺めていた。いや、本当に眺めていたわけではない。だが、誰かを探している人間というものは、そこにいるだけで目立つものだ。レイフはそれを心得ていた。 小雨の中、ほとんどの人は傘もさしていなかった。ただ誰もが憂鬱そうな表情に見えた。空がどんよりとしている。これからまだ雨は本降りになるのだろう。 メールが来た。同居人のマックスからだ。 「帰りに、トイレットペーパー買って来て。俺の部屋のバスルームにあと一つしかなくなった」 レイフは返信もせずにポケットに電話をしまいこんだ。 今はトイレットペーパーの話に返信する気分ではない。  男が道路を渡って、銀行に向かうのが見えた。 レイフはゆっくりと席を立つと、店を出た。 歩道を歩いた。ゆっくりと、だ。 歩きながら、リュックからタブレットを出した。 画面には何も出ていない。 「あ、」 男にぶつかった。 レイフが持ったタブレットが地面に叩きつけられ、転がった。 「痛…」 レイフはタブレットを拾いながら、男を見た。 男は割れたタブレットを、びっくりしたように見ていた。 「すみません!すみません!あ、ホントにすみません…」 「いって~」 男はレイフがタブレットで思いっきりぶつけた腕をさすっていた。 「すみません、ホントに…」 「いって…」 レイフは男が壁によろけるのを見届けると、そのまま道路を渡った。  道路を渡り切ったところで、歩道を歩きながら男を横眼で見た。 男は酔っ払ったようにフラフラと壁伝いに、銀行に入って行った。 刺した針に湿布した毒が、男を絶命させるのは10分後くらいだ。本人もそれとは気付かないうちに安らかに眠りにつけるだろう。 その頃にはレイフはもういない。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!