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「まさか、そんなの信じてついてったの?」
黙って拝聴していた身では、そう反応するしかない。
かなり都市伝説として脚色されてるっぽい。ツッコミどころは満載だ。
怖い話として脅えるより、胡散くさくて怪しい。
こんな話で肝試しについていったのかと疑わしげに見つめれば、母はきっぱりと否定する。
「いいや。明らかにおかしいだろう。話が矛盾している」
「というと?」
「レンガで囲い込まれたボイラー室に、どうやったら侵入できるんだ? また、中を確認できない状態で何故、行方不明者が監禁されたとわかる? 密室の中で起きた出来事を誰が見聞きできるんだ?」
ずっぱりハッキリ明瞭な解答である。
オカルト好きにしては、ナンセンスとも言える発想だ。
だが、母はあくまで続ける。その後の論理展開は、なかなか愉快だった。
「おそらく、最初に流れた他愛ない噂に尾ヒレ胸ビレ腹ビレ尻ビレがついて、メダカというより熱帯魚のような優雅さを身につけて勝手に泳ぎ出したんだろう。その内に元が何だったか忘れるくらい、事実とは違うねじ曲がった怪談になったというのが妥当な見解だな」
真剣な口調の母を前に、笑いをこらえるのが大変だった。
「……ってことは、その矢島先輩の誘いには乗らなかったってこと?」
「怪しいとは思ったんだがな。私は、なし崩し的に人数に入れられてしまったのだ。彼は別の人物を誘うのに必死だったもので」
当時を思い返すように、母は自然を宙に彷徨わせた。
こんな場合、言い出しっぺが熱心に誘う相手なんて決まってる。
噂の心霊スポットなら、本物か見極められる人間を入れたいもの。
「誘われていた人なら覚えている。私より、ひとつ上の先輩でな。大学内では霊感が強いともっぱらの噂だった」
名前は、後で訊かされた。
これも言ったつもりで忘れていたようだ。
時間軸として不自然だが、区別をつけるため、ここで周防 彬(すおう あきら)として紹介しておく。
まったく、母のずぼらさには呆れるばかりだ。
閑話休題。
彼、周防先輩と母は、共通の友人を介して知り合ったらしい。
学部も学年も違ったが、素朴で優しくて、何でも器用にこなす(ここは母の独断によるものだから、あまり参考にならない)。
人あたりもよく容貌も悪くはないからこそ、大学の中では浮いていたという。
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