2人が本棚に入れています
本棚に追加
「……どういう意味?」
「私にも、さっぱりわからん。訊ねても、本人がよくわかっていないらしい。言葉で伝えるのが難しい、概念みたいなものだろう」
あやふやな昔話にイラッとする。
長い時間をかけて理解したことが、その程度?
こちら側の勝手な言い分だろうけれど、はっきりしない出来事というのはモヤモヤする。
「すると、中から仲間のひとりが飛び出してきた。矢島の様子がおかしいと騒いでな」
さらに、状況は複雑になった。
「どうやら、矢島がひとりで騒いでるらしい。彼らも混乱していて、私たちに助けを求めてきたのだが……」
できるわけがない。
当事者の仲間ふたりにも原因がわからないのだ。的確な判断どころか、見当すらつかない。
その時点で、母は警察か救急車を呼ぼうとした。
自分たちの手で対処できないなら、行政サービスや専門家に頼るしかないと思ったのだろうが。
案の定、サークル仲間ふたりに止められた。
当時大学一年生の母ならともかく、矢島先輩と同じ三年の彼らは就活と卒論を控えている。下手に騒がれては困る身分だった。
周防先輩も無関係だと見捨てる気はないらしく、とりあえず矢島先輩を敷地内から引きずり出そうと提案する。
「え、大丈夫なの?」
「かなり危なかったと思うぞ。中に入った途端、顔色が悪くなる一方だったから」
まぁ、周防先輩のコンディションも気になるけどさ。
呑気に話す母に危機感は見えない。
恐怖を感じないというより、単に深く考えていないだけだろうが。
当然、誰も住んでいない廃墟なので電気など通っていない。
懐中電灯が照らす頼りない視界だけが、朽ちていく景色を映し出していた。
矢島先輩は奥のボイラー室(やっぱり、レンガの囲いはなかった)の中でうずくまっている。
「知らない」とか「俺じゃない」とか。ぶつぶつと小声で洩らしていたという。
脈絡がなさすぎて、第三者の私は置いてけぼりだ。
「……とり憑かれたの?」
「彼が言うには、視えただけだろうと」
それは、周防先輩の見解ってわけね。
最初のコメントを投稿しよう!