煙突

7/10
前へ
/10ページ
次へ
「……どういう意味?」 「私にも、さっぱりわからん。訊ねても、本人がよくわかっていないらしい。言葉で伝えるのが難しい、概念みたいなものだろう」  あやふやな昔話にイラッとする。  長い時間をかけて理解したことが、その程度?  こちら側の勝手な言い分だろうけれど、はっきりしない出来事というのはモヤモヤする。 「すると、中から仲間のひとりが飛び出してきた。矢島の様子がおかしいと騒いでな」  さらに、状況は複雑になった。 「どうやら、矢島がひとりで騒いでるらしい。彼らも混乱していて、私たちに助けを求めてきたのだが……」  できるわけがない。  当事者の仲間ふたりにも原因がわからないのだ。的確な判断どころか、見当すらつかない。  その時点で、母は警察か救急車を呼ぼうとした。  自分たちの手で対処できないなら、行政サービスや専門家に頼るしかないと思ったのだろうが。  案の定、サークル仲間ふたりに止められた。  当時大学一年生の母ならともかく、矢島先輩と同じ三年の彼らは就活と卒論を控えている。下手に騒がれては困る身分だった。  周防先輩も無関係だと見捨てる気はないらしく、とりあえず矢島先輩を敷地内から引きずり出そうと提案する。 「え、大丈夫なの?」 「かなり危なかったと思うぞ。中に入った途端、顔色が悪くなる一方だったから」  まぁ、周防先輩のコンディションも気になるけどさ。  呑気に話す母に危機感は見えない。  恐怖を感じないというより、単に深く考えていないだけだろうが。  当然、誰も住んでいない廃墟なので電気など通っていない。  懐中電灯が照らす頼りない視界だけが、朽ちていく景色を映し出していた。  矢島先輩は奥のボイラー室(やっぱり、レンガの囲いはなかった)の中でうずくまっている。 「知らない」とか「俺じゃない」とか。ぶつぶつと小声で洩らしていたという。  脈絡がなさすぎて、第三者の私は置いてけぼりだ。 「……とり憑かれたの?」 「彼が言うには、視えただけだろうと」  それは、周防先輩の見解ってわけね。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加