第3話

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「おい、高井。先生の調子はどうだ?そろそろ本腰入れないとマズイぞ」 うちの編集部の大半は女性だ。この男らしい口調の彼女もまた、立派な女性編集者。俺の教育係りをしてくれた人でもある。 「…………ええ。なかなか気分が乗らないみたいで。きっと机にさえ向かえば早いとは思うんですが」 「あの先生は気分のムラが激しいからな。だが、珍しいな?ここまで酷いのは久しぶりだろう。お前が担当してからは比較的スムーズだったんだがな」 彼女と喋っていると、どうしても勇ましい武将か何かをイメージしてしまう。巴御前なんかぴったりじゃないかと思っていたら、飲み会の席で彼女の下の名前が巴だと知った。 どうやら名前を揶揄われて歴史に興味を持ち、今ではすっかり歴女らしい。勇ましい話し方は、偶然なのか故意なのかは分からないままだ。 ただし彼女のあだ名は当然「巴御前」だ。サバサバした性格でもある彼女は、女ばかりの世界で上手く統率をとっている。好みのタイプではないが、俺は彼女を気に入っていた。まあ、キリッとした美人だしな。 「あの、高井さん二番にお電話です。何だか慌てた感じでしたけど…」 物凄く嫌な予感がする。 「はい、お待たせ致しました高井です。…………………はっ?」 「だから、先生がっ!高井さん、どうしよう~俺、俺先生が死んじゃったら…………『悠太代わりなさい。失礼しました、芽衣子です。お仕事中申し訳ありません。先生が急な腹痛を訴えて病院に連れて来たのですが、酷く苦しそうだったので悠太が動揺して高井さんにまでお電話を……』」 どうやら突然お腹を押さえて倒れた才加をタクシーに乗せ、金髪が病院に連れて来たらしい。途中で芽衣子さんにも連絡をするという冷静かつ迅速な対応が出来たことが驚きだ。 「わかりました。今からそちらに……はい、…………はい」 「おい、高井。何かあったのか?お前顔が真っ青だぞ?」 驚いた顔の巴さんが話している言葉が、頭に上手く入ってこない。 ………参ったな。自分でもこんなに動揺するとは思わなかった。
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