119(承前)

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(これが観の止水か)  感慨にふける一瞬の間さえある。この境地を目指し、逆島家代々の当主たちは鍛錬を繰り返してきたのだ。  タツオにはゆとりが生まれていた。思い切りぐんっと腰を沈める。腰のひねりと足先からの体重移動を加えて、一気に右の拳を突きだす。  カザンの攻撃とほぼ同時だが、後の先でほんのひと刹那(せつな)タツオが遅れた。ごりごりと骨のこすれる音が鳴って、カザンの拳が頭頂をかすめていく。「観の止水」のおかげで、なんとか二度目の「鎧抜き」を避けることができた。  タツオの拳は伸び切ったカザンの左胸に吸いこまれていった。おかしい。手ごたえがまるでなかった。その代わり、ぱちんっと伸ばしたゴムでも弾(はじ)いたようなかん高い音が腕の骨を通して耳元で鳴った。濡れた風船でもいきなり弾けたようだ。大口径の銃で撃たれたように、カザンがその場に崩れ落ちた。砂の城が波に呑まれたようだ。
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