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※※※※※  大会の一日目が終わった。  健太は観客席の椅子に座ったまま、そっと目を閉じた。  競技が終わって会場を後にする人たちで周囲はまだざわざわとしている。けれど、プールで泳ぐ選手たちと、それを応援する観客との間にある一体感のようなものは、すでにそこにはない。  朝早くから試合会場へやって来て、あっという間に終わった一日だったが、まだ健太の頭の隅っこには今日の試合での興奮がちょっぴり残っていて、目を閉じてみると魚のようにプールの中を泳ぐ内藤の姿が健太の脳裏に浮かぶ。 (内藤、すごかったな)  西條が言っていたとおり、内藤は西田を抑えて見事優勝した。  スタート後、水面に浮き上がってきた時から、すでに内藤は西田に体半分以上の差をつけていて、結局最後までその差が縮まることはなかった。  稲木とは違って短距離を得意としている内藤のレースは、スタートを切って一分もしないうちに終わってしまう。  なので健太は少しも見逃すことのないよう、声援を送るのも忘れて内藤のレースを見守った。  綺麗だ。と、健太は思った。  きっと健太には一生、内藤のように水の中を自由に泳ぐことはできないだろう。だけど輝く水飛沫を上げて、その中を滑るように進む内藤のことを見ていると、健太も一緒に水中を泳いでいるような気持ちになる。 (内藤……)  内藤は一着でゴールをして嬉しそうな顔を見せたが、電光掲示板に表示された記録を見て、その表情はすぐに悔しそうに歪んだ――――内藤のタイムはインターハイ出場まで、あと0.01秒足りなかった。  確かに順位やタイムが良いのであれば、それにこしたことはない。  だけど健太にとっては、内藤があの青くて四角いプールの中で伸びやかに泳ぐ姿を見ることができれば、それだけで胸がいっぱいになるのだ。 (……インハイに行きたかったんだろうな)  まだまだ体調に不安がある健太にとって、大会の応援で地方遠征に行くにはかなり無理がある。  だが、あれだけ熱心に練習をしている内藤へ「実はインハイには行けないんだ」と、健太はどうしても言い出すことができなかった。  内藤には本当に申し訳ないが、彼のインターハイ出場が叶わなかったことに、健太は実のところ少しだけホッとしている。 「久米、大丈夫?」  観客席で目を閉じたままの健太へ、西條が心配そうに声をかけた。
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