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「西條くん、ごめん。みんなのところに戻って大丈夫だから」  少しして、涙の止まった健太が西條に言った。  人気のなくなった観客席には、もう健太と西條の二人しかいない。きっと水泳部のみんなも帰る支度を終えて、西條のことを待っているはずだ。 「戻らないと、みんな西條くんのこと待ってるよ」  これ以上みんなに迷惑をかけたくないと健太が続けると、西條が呆れたようにため息をついた。 「幼稚園児じゃないんだから、俺ひとりいなくても大丈夫だって。それに、有吾へは先に帰っててくれって連絡したし」 「え……」  確か西條は、稲木に大事な話があるようなことを言っていたはずだ。 「だからさ、マネージャーとかそんなの関係なくて、親友が具合悪そうにしてるのを放っておけるわけないだろ?」 「でも西條くん、稲木さんに話があるって」  そう健太が言うと、それまで強気な表情を見せていた西條が困ったといった風に頭を掻いた。 「えーと……それはまだちょっと、今すぐは行けないというか、時間を置いたら我に返ったというか」 「西條くん?」 「まあ、詳しいことはまた今度言うよ。部活辞めても友達をやめるわけじゃないだろ? それより……やっと来やがった。おい、遅いって。何やってたんだよ」 「悪い。遅くなった」  背後から聞こえた声に健太がゆっくりと顔を後ろへ向けると、観客席の一番上の段に内藤が立っていた。  慌ててやって来たのだろうか、内藤は肩で息をしており、ファスナーが開いたままのジャージからは腕が片方脱げかけていている。 「内藤?」  内藤は健太の青白い顔色を見ると、痛ましげに眉を寄せた。 「さてと。それじゃあ、俺は帰ろうかな」 「え……西條くん? もう帰るの?」 「うん。学校に寄らないといけないの忘れてた。内藤が来てくれたし、家の人が来るまで大丈夫だろ?」 「大丈夫、だけど……」 「まさか一緒に学校へ行くとか言わないよね? ダメだよ。久米は最後のマネージャーの仕事として、インハイのタイムが切れなかった内藤にガツンとダメ出ししといてくれる?」  そう言って西條はニッと笑うと、内藤と入れ替わるようにして観客席から出て行った。
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