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健太の隣の席へ内藤が腰をおろす。
まさか内藤がやってくるとは思っていなかった健太は、隣に彼の気配を感じてビクッと体を竦めた。
いったいなにを話せばいいのか、言葉が見つからない健太はもちろんだが、内藤も健太の隣へ座ったきり口を閉ざしたままだ。
しばらく二人してぼんやりと誰もいなくなったプールを眺めていると、ふいに内藤が口を開いた。
「大丈夫か?」
「え」
「体。なんか具合が悪そうだけど」
「あ、うん。ちょっと無理しちゃったかな。でも家から迎えが来るから」
「………………そう、か」
自宅から迎えが来る。健太の口からそう聞いて、内藤は一瞬複雑な表情を見せたが「そうか」とだけ言うと、また黙りこくってしまった。
健太も内藤も特別口数の多い方ではない。これまでだって、二人でいて特に会話もなく過ごすこともあった。
お互い何も話さなくても二人の間にある空気がとても心地よくて、それに健太は内藤と一緒にいると、なぜかとても安心できる。
なのに今は、お互いの間に流れる沈黙が辛い。
内藤と一緒にいるのに、心の中がざわざわとして落ち着かない。
「あ、あのさ」
「ごめん」
堪らず健太が口を開いたのと同時に、内藤が椅子に座ったまま頭をさげた。
「ごめん、久米」
「え……内藤、どうしたの?」
「マネージャー、辞めるんだろ。さっき西條から連絡があって――それってやっぱり俺のせいだよな。俺が久米の体調に気づかずに練習に付き合わせたから…………なのに、今日はタイムも全然ダメで……」
「内藤、ちょっといい?」
健太にしては珍しい強い口調に、内藤がうつ向けていた顔を上げた。
「西條くんからガツンと言っておいてってことだから。えっと……内藤っ! な、なにをふざけたこと言ってるんだ、よ。俺がこうなったのは、マネージャーを始めた時点で予想はできてたことだし。ここまで続けられたことの方が信じられないんだ……だから」
「久米……」
「…………だから、全部自分のせいにしないでよ。俺ね、俺、短い間だったけど、内藤が泳いでるところ、たくさん見られて嬉しかった」
溢れて、こぼれ落ちた涙が健太の膝へぱたぱたと落ちる。
「嬉しかったんだ。それで、もっと見たかった…………内藤ともっと一緒にいたかった……っ」
「久米」
内藤の腕が伸び、健太の体を抱きしめた。
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