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実は今日の夕方の便で久米が帰ってくる。
久米から三日前にメールで連絡があって、内藤は連絡があってから今日までずっと心ここにあらずな日々を過ごしてきた。
久米が渡米してからの七年間、連絡手段はもっぱらメールのやり取りばかりで、電話で直接話をしたのは数回だけ。
結局、久米も一時帰国したのは七年の間に一度だけで、それも内藤と西條の高校卒業のときだ。
「――――あれから六年か」
「先生?」
内藤の呟きに男子生徒が首を傾げた。
久米の病気自体は治療のかいあって、三年ほどでほとんどよくなったらしい。ただ向こうで勉強したいことができたらしく、それから久米の帰国が四年延びたのだ。
「せんせーっ! 内藤先生!」
プール入り口の片づけをしていた別の水泳部員が、少し慌てた様子で入り口から顔を覗かせた。外が暑かったのだろうか、顔が紅潮している。
「おい、大丈夫か? 顔が赤いぞ」
「だっ、大丈夫です。それより先生にお客様です。えっと…………すごくきれいな、男の人」
「は?」
内藤の知っている見目のいい男といえば西條くらいだが、度々ここへ顔を出している西條なら部員全員が知っている。
いったい誰なのだろうかと内藤が知り合いの顔を思い浮かべている間も、さっきの部員がそわそわと外を気にしている。
天気予報で今日の最高気温は三十四度といっていた。どちらにしろ、自分を訪ねてきた人物を炎天下で待たせるのも申し訳ない。
(久米を空港へ迎えに行きたいんだけど。まだ時間は大丈夫だよな)
内藤は時間を確認すると、入り口で待っている部員に客人を連れてくるように伝えた。
「あ……あの、こっちです。足元、気をつけてください。そこちょっと段差になってます」
「荷物、持ちます」
「靴は脱いで……あ、裸足は大丈夫ですか?」
しばらくすると、プールの入り口が妙に騒がしくなった。どうもさっきの部員のほかにも数人の部員が集まっているらしい。
待っている間、マネージャーへ明日の連絡事項を伝えていた内藤が入り口の方へ顔を向け、動きを止めた。
「内藤、久しぶり」
プールサイドでとてもきれいな男が内藤に笑いかけている。
「久米……?」
「うん。驚かせようと思って、早い便で帰ってきたんだ」
はにかむような笑顔は七年前のままだ。
内藤はまるで眩しいものでも見るかのように目を細めると「おかえり」と、久米に言った。
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