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『花火大会の件、聞いてる?』
『あ、さっき話している人とすれ違って……クルーザー借りてるとか何とか言ってました。』
ちょっと蒸し暑い今日の天気。前髪の隙間から見える部長の額には、うっすらと汗が滲んでいる。
『ちょっとごめん。…あっちーなぁ、永井ー!』
医務室の鍵やら、フロアのリモコンやら、なぜか永井さんが持っている。
……いや、持たされている、が正解なのかもしれないけど。
ビョォーっと、強くなった冷風が部長のシャツを揺らして、甘い香りが私の鼻を掠めた。
『部長、なんで永井さんが色々持ってるんですか?』
1番下っぱの私でも構わないのにな。
『アイツ、機械に強いし家電とかそういうのが好きだから、不具合があっても直してくれるのね。だから。』
あ、そういうことですか……。だから、永井さんも嫌な顔しないんだ。
『それでさ、優と麻耶ちゃんも呼んだから、高梨さんもどうかなって。もちろん社内イベントだから、部のメンバーもいるけど。』
部長が、周りに目配せしてから、少し前のめりになった。
『基本、女性か彼女同伴って決まりだからさ。』
そう言って、部長は得意気に微笑んだ。
『あ、あの……。
『断る権利は、ないけど。』
権利が、あるとかないとかじゃなくて。
彼女同伴ってことは、もしかしたらバレちゃうかもしれないのに。
神谷さんが麻耶を連れていて、私が部長に連れられていたら……周りはどう思うだろう。
ただの上司と部下、として見てくれるだろうか。
ついさっき、部長を狙う人とすれ違ったばかりなのに。
『大丈夫。あくまでも仕事の集まりなんだから。』
花火大会のチラシを私の目の前に置いて、部長が椅子から立ち上がる。
『……俺の場合は、彩星が酔うまでは、だけど。』
バッと顔を上げたら、予想以上の至近距離にある部長の意地悪な顔。
『な、何を…。』
……言ってるんですか?!
と言う、私のセリフは。
髪に降ってきた、大好きな手で阻まれて。
『俺の、なんだから。』
そう言って私の髪をクシャっと撫でてから、にこーっと口角を最大限に引き上げて。
また、いつもの仕事モードに瞬時に切り替わった部長は、デスクにすんなり戻っていった。
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