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1区画ほど歩いたところで、冬也が黒い扉を開けた。
『いらっしゃい……って、冬也か。』
『またそういうこと言うんだから、マスターは。』
脚の長いスツールに、冬也がスムーズに座る。
『大丈夫?』
私のバッグを受け取って両手が空くようにしてから、もう片方の手で持ち上げるようにスツールの上へ引き寄せてくれた。
『ジンバックと、生ハムとサラミの盛り合わせと…ピクルス。彩星は?』
『じゃあ、モヒートとキスチョコください。』
真っ白なカウンターに静かに置かれた2つのグラスを合わせて、改めて乾杯をする。
『ここには、よく来るんですか?』
『さっきのお店より、会社に近いからよく来てるんだけど、マスターはさっきみたいに冷たいこと言うんだよ。』
BGMを変えるのに、レコードの針を落としていたマスターは、意地悪に微笑む。
橙色のムードのある照明。
カウンター席の後ろにあるソファー席は、綺麗な青のペンダイトライトのおかげで、ムーディーになりすぎないように調整されている。
耳朶に掛かる長さのサイドの髪。
その隙間から時折見える、小さなクロスのピアス。
ふぅっと吐き出した、煙の行先を追っていた冬也と、ピアスを見つめていた私の視線がぶつかった。
『1年前って、彩星は何をしていたの?』
『1年前?』
そう、って冬也が小さく頷いてからグラスを傾けた。
『今とあまり変わりません。』
『そっか。彩星は、どうしてWhite shinyにいるの?ビックリしたよ。まさか業界最大手にいるとは思ってなかった。』
『ずっと歯医者にいたけど、いいお話をいただいたので、転職したんです。』
『歯医者って、麻耶ちゃんのところ?』
懐かしむように、嬉しそうな表情でピクルスを摘まむ冬也。
麻耶のことまで知っているんだもの。
……本当に、本当に……冬也なんだね。
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