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『俺が日本に戻って来たのは、その頃なんだ。』
『その頃……1年前ですか?』
『そう。ちょうどその頃、gentleに入った。』
私の背中の方にある窓の外に、冬也が一瞬だけ、視線を移した。
『会社、どうして変わったんですか?』
煙草に伸ばされた手が、その上に置かれているZIPPOを持って、蓋を指先で弾くように開く。
『実は、元々gentleに入ることは決まっていたことなんだ。
でも、大卒で入社したくなかったし、それを許してもらうために決められた条件を飲んだんだ。』
『……条件、って?』
口を閉ざしたまま、両手でグラスを包むようにして俯く冬也が、少し間を置いてから深く息をついた。
『フランスに行くこと。
……俺、親の紹介もあって、最初の会社に入ったんだ。
俺の父親は、gentleの代表なんだ。』
フランスに行くことも、こうして日本に戻ることも決まっていたこと。
あの時、私の全てみたいだった大切な恋は、冬也の都合で終わりになった。
冬也が、それを選んだ。
冬也が、すべて決めた。
『だから、あの日言ったんだ。
俺のことなんか、嫌いになっていいって。
本当に振り回してしまうから。
いつ父親が戻るように言うのか分からないのに、待っててくれだなんて言えなかったんだ。
……本当は、大好きで離れたくなくて仕方なかったクセに。
……今、俺が木崎を名乗るのは、親子関係が必要以上に知られたくないから。木崎は、ビジネスネーム。』
ただ、黙って冬也の言葉を理解しようとしている私の瞳から逃げることなく、冬也は言葉を続ける。
『……俺が、白河 冬也だって、信じてくれますか?』
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