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飲み干されたグラスの氷が溶けて、カランと、心地よく鳴った。 もう1杯同じものを頼んだ冬也は、カウンターに片肘を突いていて。 『信じます。でも、謝らなきゃいけないんです。 名刺入れ……持ち主が分からないと、どうしようもなかったから。』 少し下げた私の頭に温かい重さが乗ってすぐ、私の髪を優しく撫でた。 『だから、彩星に拾って貰わなかったら、意味がなかったんだよ。』 意味って……木崎さんが冬也だって、こうして証明してくれるため……そのきっかけのためでしょ? 『プライベートなんだから、もっと砕けた感じで話さない? ……写真、懐かしかったでしょ。あれ、サークルの合宿で撮ったやつだよ。 実はその後ろには、沖縄で撮ったのが入ってるんだ。 見られてもいいって、見られた方が手っ取り早いって思ってたけど……やっぱり恥ずかしいな。』 ニコッと微笑んだ頬に、窪みができた冬也の表情で、ほんの少し昔に戻ったような気分になる。 『懐かしかったけど……私は今の冬也の表情が1番懐かしいよ。』 冬也が照れ笑いをしながら、撫でている手をグラスに移して、それを引き寄せて揺すった。 私が拾わなかったら意味がなかったってことについては、何だかはぐらかされている気もするけど。 でも、核心に触れるのは、怖くて。 『……そっか。覚えててくれてありがとう。』 『うん。』 これはサービスと言って、マスターがオレンジピールを出してくれた。 甘酸っぱくて、でも少しだけ、ほろ苦い。 噛みしめる度に、じんわりと。 懐かしい、冬也との恋。 今でも鮮明に思い出せるけど、もう過去の恋なんだよね。 初めて会った日のこと、サークルのこと、デートで行った水族館のこと。 お互い、あの頃の2人を目の前で見ているかのように、楽しく話して。 ふと時計を見たら、22時まであと少し。 もしかしたら、部長が電話をくれるかもしれない時間。 バーを出たら、すっかり雨が上がっていて。 『送って行くよ。家、引っ越した?』 『引っ越してないけど……今日は、彼の家に帰るから。』 冬也が少しだけ、遠い目をしたのはどうして? 『そっか。じゃ、また今度な。 …あっ、くれぐれも仕事では『分かってます、木崎さん。』 フフっと、お互いに顔を見合わせて微笑んでから、どちらからともなく手を振って、背中合わせに歩いた。
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