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『あのっ、冬也?』
このタイミングなら、言えそう。
『なぁに、彩星。』
運転中の冬也が、チラリと私を見た。
『私、冬也の気持ちには応えられない。やっぱり彼が大切で。』
『そんなの、知ってるよ。じゃなかったら俺だって、こんなに妬いたりしない。』
知ってるよ、って。
すんなり私の気持ちを受け取られたから、拍子抜けしちゃって。
だったら、こんなことしないでって言いたい。
私の心を掻き乱すようなことはしないで、仕事の付き合いだけにしてほしい。
木崎さんのままでいてほしい。
ランチタイムで賑わう店内。
オムレツとサラダと焼きたてのパン。
結構昔からあるこの洋食屋さんには、何度か来たことがある。
『懐かしいでしょ?サークルでよく集まったよね。』
『うん。』
よりによって、どうしてこのお店なの?
冬也と付き合っていた頃を、嫌でも思い出しちゃうじゃない。
『彩星、仕事に支障が出ないようにするつもりではいるけど、この気持ちは本当だからね。』
先に食べ終わった冬也が、煙草の煙を燻らせながら私を見つめて言った。
『だから、応えられないって言ったのに。』
『応えてほしいなんて言ってないよ。俺が、その指輪を外させる。』
『私、彼と別れることはないよ?』
『俺が、奪うから。彩星の気持ち。』
緩やかに流れていくランチタイム。
平然としている冬也の口から零れるのは、衝撃的な言葉。
『相手が誰なのか知らないけど、彩星のこと諦められないから。
もうあの時みたいに後悔したくないんだ。』
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