127人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
『もしもし、彩星?』
自分の家に帰って、少ししてから鳴った携帯に表示されたのは、部長の社用携帯の番号。
壁の時計は、やっぱり22時を少し回った頃で。
『はい。元気?』
『うん。毎日バタバタだけど、それなりにって感じかな。
彩星の声聞くの久しぶりだなぁ。』
部長が先月ミラノに戻ってから、声を聞くのは4回目。
メールは毎日送りあっていたけど、寂しかった。
変わらない甘くて低い声は、少しだけ遠く感じるけど聞くだけで落ち着く。
gentleとコラボ企画を進めていることも、今日がお花見だったことも事前に伝えていたけど、肝心の冬也のことはまだ言えなくて。
部長とこれ以上離れるなんて、考えてもいないことだから。
だから言えてないっていうより、言うつもりはない。
『……それでさ、近々正式に日本に戻る時期が決まりそうなんだ。』
『…えっ?!』
『もしかしたら早くなるかもしれない。』
『本当に?!』
電話の向こうから部長の笑い声が聞こえる。
『俺はいつも本当しか言わないよ。』
電話を切ってから、心が苦しくなる。
本当のこと、私は言えてない。
元彼と再会してしまっていること。
まだ自分の中で、その恋が終わっていないこと。
でも、部長と別れるつもりもなくて、冬也のことを選ぶ気持ちもないこと。
もし逆の立場で、それを聞かされたら、いい気分はしないから。
だから、言うつもりはないって決めているけど。
やっぱり、心が苦しくなる。
痛いほど揺れている心に触れるように、そっと胸に手を当てた。
最初のコメントを投稿しよう!