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『では、今日はこのあたりまでということで宜しいでしょうか。』
冬也が時計を見て打ち合わせの終わりを告げた。
『そうですね、長時間ありがとうございました。神谷にも伝えておきます。』
『よろしくお願いします。この後、ご一緒にランチでもいかがですか?』
『せっかくですが、この後予定がありますので、また後日御社へ伺わせてください。』
部長が冬也の誘いを丁重に断った。
手元の書類を揃えて、パソコンをスリープにしながらも、私の内心はホッとしていて。
『もし木崎さんさえ宜しければ、高梨と一緒にいかがでしょうか。
せっかくお越しいただいた訳ですから、担当同士社外でお話していただくのも良いかと思いまして。』
『私の方は喜んで。高梨さんさえ宜しければ。』
完全にアウェーになったこの状況では、断る言葉を探せなくて。
『私で宜しければ……。』
『こちらこそ。それでは、後程携帯にご連絡ください。』
ホッとしたのも束の間、ソワソワとして落ち着かない。
難しく考えなくていいのかもしれないけど。
お花見以来、冬也の誘いを断ってきたから、自然と眉間に皺が寄ってしまうし、心掛けている笑顔も引きつりそう。
エレベーターホールまで冬也を見送ると、部長が私の肩をポンっと叩きながら、打ち合わせの間に溜まっていた不在着信に折り返しの連絡をし始めていて。
冬也がどういうつもりでランチに誘ったのかも、勘ぐってしまう。
単に取引先だから?
断られるって分かってて、私を誘い出すための口実?
『どうした?』
『いえ、別に…。』
1件連絡を終えた部長が、企画部に戻らない私に声を掛けた。
『応接の片付け頼んだよ、彩星。』
周りに誰もいないことを確認してから、部長が視線を合わせたままキスをしてきて。
不意打ちのようなキスに戸惑う私を楽しむように、もう1度キスをした。
『木崎さんカッコいいね。浮気するなよ、彩星。』
そのつもりはないけど、後ろめたい気持ちになる。
『しないですっ。』
『それじゃ、夕方には戻るからまた後で。』
1つに纏めた私の髪の先を指に巻きつけて遊んでから、部長が企画部の扉を開けた。
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