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まだランチタイムには少し早いけど、デスクに戻って冬也の携帯にかけたら、エントランスで待っているみたいで。
急ぎの要件で簡単なものだけ済ませて、エレベーターに乗った。
重りを引いているような足。
これっぽっちも気乗りしないランチなんて、今まであっただろうか。
部長と冬也が接してしまった今、冬也に一線を引いてもらうように伝えないといけない。
取引先だから、あまりハッキリ言うのもどうかと思っていたけど。
預けた車の鍵を、受付のお姉さんから受け取りながら、冬也が話しかけている。
正直、元々ルックスは整っているし、付き合っていた頃よりも大人っぽくなったし、男らしさも増したから間違いなくモテるとは思う。
『じゃあ、今度食事に誘ってもいいですか?』
って、それが社交辞令だとしても、やっぱりいい気分はしない。
かと言って、それを止める権利もない。
一通り話し終えた様子の冬也が、エントランスのドアで待つ私の元へ歩いてきて。
『お待たせしました。』
『いいんですか?私が相手で。』
咄嗟に口をついて出た言葉は、自分でも意外なものだった。
冬也はニコッと微笑むだけで、パーキングへ向かって行く。
『妬いちゃった?彩星。』
『そ、そんなわけないでしょっ?!』
でも、さっきの状況は面白くなかったのが、本当の気持ちで。
『はいはい。怒んないの。車で移動しようと思うんだ。日焼けしちゃうでしょ?』
宥め方も、あの頃と同じ。
そして、近場で済ませるつもりなのに、敢えて車を出してくれるところも。
冬也が社会人になったばかりの頃に乗せてもらったものより、ずっと高級そうなものに変わった車。
乗りなれない右側の助手席に、何とか居場所を求める。
会社の目の前の信号が赤に変わると、冬也は肘を突いて、煙草を取り出した。
そっと瞳だけで見たその横顔は、完全にプライベートな雰囲気で。
『俺さ、やっぱり彩星のこと大好きみたい。彼氏からの指輪に嫉妬してる。』
『へっ?!』
顔を向けたと同時に、私の顎を軽く持ち上げるハンドルにあった冬也の右手。
『まだ、キスはしないけど。』
歩行者用の信号が、間もなく切り替わることを報せた。
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