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『嫌いじゃないよ……。』 『それが聞きたかったんだ。泣かせるつもりはなかったんだよ、ごめんな。』 後部座席に置いていた企画書類のファイルを取って、冬也が私に手渡した。 『また連絡するから。お疲れさま。』 『お疲れさまでした…。』 走り去る冬也の車を見送ることなく、エレベーターホールの近くにあるトイレに俯きながら駆け込んだ。 ……どうして今更、そんなこと言うの? 本当にそう想っていてくれるとしても、心に仕舞っておいてほしかったよ。 ―『俺が、奪うから。彩星の気持ち。』ー ハッキリと気持ちには応えられないって伝えたのに、無意味だった。 冬也はきっと本気でぶつかってくる。 私の彼が、誰であろうと。 それが取引先だろうと何だろうと。 涙の跡をパウダーで誤魔化して、企画部に戻るエレベーターを待つ。 4機とも忙しなく動いているのを、ただぼんやりと眺めながら。 『お疲れさん。』 後ろから聞こえた、甘くて低い声が私の頭を目覚めさせた。 『お疲れさまです。』 少し遅めのランチを終えた様子の部長が、永井さんと一緒に並んでいて。 一瞬だけ顔を上げてから、タイミング良く到着したエレベーターにすかさず乗り込む。 それからずっと企画書類を見るフリをして、俯いたまま35Fに着くのを待った。 ……部長は、私が泣いたことに気付くの得意だから。 ボタンを押しながら、先に永井さんと部長に降りてもらう。 『彩星、何があった?今、木崎さんと食事した帰りだろ?』 2歩先にいる部長の歩みが止まって、背中向きのまま話しかけられた。 木崎さんは、実は冬也で、冬也は元彼で…。 奪うと言われました、と言えたら、一気に楽になるのかな。 でも、部長には言えない。 そんなこと聞いたら、きっと部長が苦しくなるから…。 『大丈夫ですっ…。』 『おいっ……!』 部長の横を足早にすり抜けて、先に企画部に戻った。
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