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『どうしても諦められないんです。彼女がいるって分かってても、奪いたいんです。それくらい好きなんです。』 告白シーンに遭遇しちゃったってことか。 給湯室は後で行くことにしよう。 さすがに邪魔はできないし。 『ごめんね。』 そこを立ち去ろうとした時に私の耳に届いたのは、ずっと私を溶かし続ける甘く低い声。 1歩踏み出した足が、また元の位置に帰ってきた。 『好意を寄せてくれるのは嬉しいよ。奪いたいくらいだなんて、本当に嬉しい。でもね、俺は何があっても彼女と離れることはないんだ。彼女から、俺は奪えないよ。』 『……高梨さん、ですよね?』 『そうだよ。』 『彼女、gentleの方も狙ってるじゃないですか。』 『そうなの?聞いたことないなぁ。いま仕事で付き合いがあるからね。まぁ、先方がそのつもりだとしても、そんなの気にしてないんだ。だから、本当にごめんね。』 このままここにいたらマズいんじゃない? 咄嗟に近くにあった、開いたままの非常階段の扉の影に隠れた。 遠くなっていくヒールの音。 別に悪いことをしていないのに身を潜める私の息遣い。 どちらも私の鼓動の音を大きくさせる。 部長がこの場を去ったら、私もここを出よう。 あ、このまま1課に行って神谷さんと話してもいいかな。 そうだ、そうしよう。 私のヒールの音が響かないように、そっと背中を扉から離す。 『誰かと思ったら。……見ーつけた。』 非常階段の扉枠に両手を突いて、まるで通せんぼするみたいに立っている部長が、私の左手を引いてどんどん奥へ進んでいく。 カチャリと重い扉が閉まった音。 螺旋のような階段を1区画降りた踊り場にいて。 『キス、したいな。』 『へっ?』 『したい?したくない?』 疑問符だらけの私の返事なんか元々求めてないって言うみたいに、ヘーゼル色の瞳が妖艶に私を映す。 『俺がしたいから、させて。』 『……!』 突然の展開についていけない私を、部長の唇があっという間に連れ去った。
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