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ノックしながら少し開けられた扉。 『いやいや、三浦部長。お久しぶりです。ミラノはいかがですか?』 坂木さんがタイミングが良いのか悪いのか、打ち合わせに混ざった。 『坂木さん、ご無沙汰しておりまして申し訳ありません。 この度は弊社とのコラボに木崎さんをご紹介いただいて、ありがとうございます。 ミラノもなかなかいい街ですよ。』 部長が返した挨拶は、私情を挟んでいない。 あくまでも、取引先との会話のルールを守っている。 冬也も、鋭い視線を隠しながらコーヒーを啜っていて。 でもどこか、腑に落ちないような……そんな表情に見える。 『ミラノも1度行ってみたいものです。あ、打ち合わせ中でしたね。私も一緒にお話を。』 坂木さんが冬也の隣に座ると、さっきまでのピリっとした空気が戻ってきた。 『Love hunterですか……斬新ですね。これも高梨さんが?』 『はい。私が考えた案です。』 坂木さんが私のことを見つめて、また手元の資料に視線を落とした。 冬也と同じ反応が返ってくることは目に見えていたから、ショックのようなものはない。 『gentleの企画では、きっとこういうネーミングは出てこないでしょう。 長年守ってきたイメージに囚われている節が、弊社にはありますから。 木崎から、この企画の進捗を聞く度に、新鮮な気持ちになっているんです。 あぁ、御社に上品さがないとかそういう意味ではないんですよ。』 坂木さんが資料を捲って、ミニボトルのデザインにも見入っている。 『ありがとうございます。そういっていただけて企画するものとしては光栄です。』 私が返事に困っていると、部長が小さく頷くような会釈をした。 『ボトルデザインも含めて、弊社案待ちということでよろしいでしょうか。』 しばらく続いた沈黙のあと、冬也が腕時計を見て時間を区切った。 『そうですね。よろしくお願いします。』 gentleを後にする帰り道。 神谷さんは別件でそのまま、行先の違う電車に乗った。 『木崎さん、本当に彩星を奪うつもりなんだね。』 『そう…みたいですね…。』 ふぅっと大きな息をついた部長を見上げたら、その向こうには風に吹かれて輪郭がぼやけた飛行機雲があった。
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