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見たことのある車が、マンションから少し離れて停まっているのが見える。
冬也も私を見つけたのか、ヘッドライトが2回チカチカと点滅した。
『ごめんね、呼び出しちゃって。』
ウィンドウを全開に下げて、冬也が顔を出した。
知っているウッディは、やっぱりあの日知った冬也の香りと一緒で。
嫌でも別れたあの日を思い出しちゃうんだ。
『……とりあえず乗って?どこかお店に入るって感じでもないし…。』
冬也の右側は、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。
他人じゃないのに、知らない人と話しているみたいな距離は、私の中に引いた一線のせいなのかな。
ふぅーっと、吐き出された煙草の煙が、ウィンドウから夜の街へ消えていく。
『……行くの?パリ。』
『……まだ、決めてない。』
『そっか。もし行くならさ、俺が知ってる美味しい店とか教えるから。』
『うん。ありがとう。』
そんなことを言うために呼び出したの?
『でも……。』
ハンドルの横にセッティングされた車載用の灰皿に、煙草を落として蓋を閉めると、冬也が私に向き直った。
『…でも?』
その先を言わない冬也の顔は、切なそうで苦しそうで。
グイっと引き寄せられた私の視界が、冬也の向こうにあったウィンドウの外を捉えた。
『離して。……ねぇ、冬也。苦しいよ。』
『俺の方が、苦しいよ。奪うって言ったのに奪えなくて。
このままの気持ちでまた離れるなんて、耐えられないよ。』
冬也の肩が、小刻みに震えている。
『……冬也?』
星が入ったようなキラキラしたこげ茶色は、透明が溢れそうになっていて。
『彩星……行くな。』
私が、部長から欲しいと思っていた言葉は、冬也が持っていた。
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