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〈彩星です。
無事パリに着きました。
この部屋から見える夕陽はとても綺麗です。
夕陽は1つなのに、何だか違うものを見ているみたい。
時差ボケがちょっと辛いので、少し休んだらまた連絡しますね。〉
パリに滞在する間、住まいとして会社が借り上げているアパルトマンは、ピラミッド型が出迎えてくれる有名な美術館まで徒歩圏内。
途中で買ってきたジャスミンティーを冷やしておこうと、キッチンに入った。
備え付けの冷蔵庫はシンプルな4ドア。
こんなに大きくなくてもいいのに……って心の中でぼやいてみる。
だって、1人じゃこの容量を満たすことはできないと思うから。
ドアポケットにジャスミンティーを入れようと思ったら、すでにガラス瓶のドリンクが入っていて。
前に使っていた人の忘れ物……だったら捨てないと。
『……どうしてっ。』
側面に貼られている付箋には、見覚えがある。
私が日本を発つ前の、最後の出社日。
『これ、貰っていい?』
外出先から戻った部長が、通りすがりにお気に入りの星型の黒い付箋を貰っていった。
もうしばらく使わないし、パリでこんな遊びのある文房具が使えるか分からない。
それに、もっとオシャレなのがあるかもしれない。
そう思って、何の躊躇もなく部長にあげた。
〈彩星へ
長時間のフライト、お疲れさま。
あまり無理しないで、今日はゆっくり休んだ方がいい。
経験者がそう思うんだから、言うこと聞くんだよ……なんて。
このジュース、初めて俺の家に泊まった時から、彩星が好んで飲んでいたもの。
そっちに無いかもしれないから、先に送って冷やしておいてもらったよ。
欲しくなったら連絡してね。 夏輝 〉
……部長、ズルいよ。
どうして、こんなに切なくさせるの?
…優しさが、刺さるほどに痛い。
…優しいせいで、近くに感じられるせいで、余計に遠くにきていることが、寂しくて辛い。
会いたい。
今すぐに会いたくて、仕方ないよ。
私はその瓶を胸に抱きかかえながら、キッチンの床に座って、大声で泣いた。
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