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『私、決めました。』
『うん。』
この後に続ける言葉が明日からの私を変えていくんだと思うと、もう1度深呼吸しなくちゃ、気持ちが追いつかなくて。
『私ね……今、パリで仕事をしていて、とても充実しています。あんな大手の客先と日々接して、自分の企画が通るように毎日考えて。お休みの日には、美術館に行ったり、公園を散策してみたり、地下鉄でちょっと遠くまで行ってみたりもして。』
『うん。充実しているなら、それはとてもいいことだね。』
『会いたかった新しい自分にも、会えた気がします。それがどんな自分なのかって聞かれたら何とも言えないけど、でも毎日何かを発見できて、刺激的で、望んでいた2年を過ごせていると思います。』
部長は、うん、って相槌をしてきてくれるだけで、私の言葉を聞いてくれている。
私が決めたことなら反対はしないって言ってくれたように、否定の言葉は聞こえてこない。
『大切なものを失いたくないんです。いくら新しい自分に出逢えても、大切なものは見失いたくないんです。私が決めることだとしても、そのせいで大切なものが犠牲になるなんてイヤなんです。』
『……大切なものって?』
『……私の大切なものは、部長の笑顔です。部長が笑っててくれないと、私も嫌なんです…。悲しい顔を見せないようにしてる部長のこと、もっともっと大切にしたいから……。』
大好きな笑顔を思い出して、頬を伝う涙。
それは今日まで何度もフィルターを通された、透き通った味がする。
もう悩んでいる時の、色々が混ざった味はしない。
『桜が咲く頃、日本に帰りますね。』
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