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『高梨さん、今時間ある?』
ミラノから戻った遠藤部長が、ランチから戻った私を呼んだ。
フロアの端にある打ち合わせ室に通されて、シンプルな黒いテーブルの反対側に座るなり、早速話が始まった。
『例の件、三浦部長から聞いているね。』
『えっ、あ、はい。』
『ちょうどミラノを経つ時に、彼から連絡があったんだ。お祝いのつもりで話したらフライングしてしまったって謝られたんだよ。』
部長、私が知らないフリなんて出来ないって分かってて……。
『それで、もう1つ話しておかなくてはならないことがあってね。』
遠藤部長が、両肘をテーブルに突いて、組んだ手に顎を乗せた。
なかなか話し出さない様子に、つい私も緊張してきてしまう。
何か思いを張り巡らしているように見える、遠藤部長の表情からは、これから話す内容までは読み取れなくて。
『実は、今年でパリから戻る予定だったけど、今回の企画が評価されてね。本社から、高梨さんをパリに置くのはどうかと……そういう話が出ているんだ。』
『すみません、私をパリに置くって、どういう意味でしょうか。』
『今は異動でここにいるけれど、日本には戻らずに、こっちでこれから先も活躍していかないか…という話なんだ。』
日本に、戻らずに?
私は期限が決められていたから、ここまでやってこれたのに。
本社の人事だって、多少はズレることがあっても、2年で帰すって言ってくれてたはずなのに。
……部長が言いかけた事って、この話だったの?
『活躍が評価されたから、悪い話ではないんだよ。それに、こっちでの企画部主任の話もあるんだ。
私としても、高梨さんにはいてほしいと思っているんだけどね。でも、そうもいかない事情だって、きっとあるだろう?』
ダメだ……頭が全然回らない。
回っているのかもしれないけど、いろんな方向に回転しちゃって、思考の糸が絡まっている。
『すみません。この件についてはお時間をいただけませんか?』
『勿論だよ、人事も早急に返事が欲しいとは言っていないから、ゆっくり考えてください。』
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