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アモルの希望で増設したという風呂場はなかなかに大きい。
イグナはもともと鴉の行水だったからシャワーだけでよかったらしいが、アモルが女装に目覚めてから女性のやるようなケアなどが必要になり、交渉に交渉を重ねた結果こうなったそうだ。
髪と身体を洗い、大きな湯船につかる。
ふう、と息をつき、髪から滴る水滴で幾何学模様を浮かび上がらせる水面を見ながら、先ほどの言葉について考えていた。
『家族』
その言葉をかけられたのはいつ振りか。
俺はこのバシレウス王国八貴族…通称オプティマス・セプテムの一つ、水のヴァッサー家の長男だ。
本来ならばもう家督を継ぎ、貴族として生きなければならない年なのだが…俺はそれを拒み、今こうして教師の道を進んでいる。
拒んだというか…どちらかといえば、追い出された、と言ったほうが正しいのかもしれないが。
俺は父…現ヴァッサー家当主の前妻の子で、俺の母は俺が五つの時に流行病でこの世を去った。
その後、父は俺が十四の時に再婚した。相手は中流階級貴族の次女で、彼女にはすでに七つの連れ子がいた。
彼女はその美貌と巧みな話術で父を虜にし、自分の子をヴァッサー家時期当主にすると確約させた。…その時点で、俺はお払い箱になった。
父はあれほど愛したはずの母との記憶を、後妻に言われて全て燃やしてしまった。
俺は唯一無事だった母の形見のピアスを持って、学園の学生寮に押し込められた。
今でも夢に見るのは、父の顔だ。
あんなに優しかったはずの父が、感情の籠らない目で、
『お前はこれから学生寮に住むんだ』
そう言った時、俺の『家族』は消えた。
辛うじてヴァッサーの姓を名乗ることは許されたが…俺にとってヴァッサー家は最早、名を借りているだけの他人になってしまった。
……もう一生、家族ができることはないと思っていたのに。
ぽたり、水滴が水面に映る俺の顔を歪める。
水面が歪んでいるのか、それとも。
「……っくし」
ふいにくしゃみが出て、もう長いこと湯船につかったままだったのを思い出す。
濡れたままの髪は、すでに冷たくなっていた。
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