9人が本棚に入れています
本棚に追加
髪を拭き、部屋着に着替えて脱衣所を出る。
廊下は薄暗く、常夜灯の灯りを頼りに進んでいく。
「…あ、そうだ。イグナ…」
部屋に向かう途中、あがったらイグナに声をかけるように頼まれていたのを思い出して足を止める。
時刻は日付も変わった十二時半。さすがにもう切り上げて寝ているかもしれないなと思ったが、念のために階下にあるマスター室へと方向転換した。
ぱたり、ぱたりと部屋履きを鳴らして階段を降りる。
マスター室のほうを見ると、かすかに開いた扉の隙間から淡い光が漏れ出していた。
「…まだ起きてんのか?」
扉の前まで行き、軽くノックをする。
「イグナー。風呂あがったぞー」
呼びかけるが、返事はない。
そろそろと近づき、そっと部屋の扉を開けて中をのぞき込む。
「イグナ…?」
再度呼びかけても反応はなかった。
薄暗い部屋の中で、机の上のランプだけがゆらゆらと揺らめいている。
そのランプが映し出す机の上に、黒い影が一つ。
「……?」
部屋の中に入り、床に散らかった物を踏まないように机に近づく。
何とか足場を確保しながら机にたどり着くと、そこには…
「…寝てる」
机に突っ伏して熟睡しているイグナがいた。
耳を澄ませば寝息まで聞こえてくる。
イグナの身体の下敷きになっている書類を見ると、もう半分以上完成していた。
あと少しというところで睡魔に負けたのだろう。
握られたままのペンからは残ったインクが漏れ出して机に黒い染みを作っている。
ふう、と息をつき、このまま放置するわけにもいかないのでひとまずイグナの下敷きになっている書類をそっと引っ張る。案外簡単に抜けたそれを一纏めにし、わきへよけてから、机を侵食する黒い染みを新しい紙で拭き取った。
それから握ったままのペンを何とか手から外し、キャップをつけてペン立てにしまう。
あらかた片付けてから、未だに眠りこけるイグナの顔を覗き込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!