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それは、ふと彼が暗い表情を浮かべ、上の空でこう言っているような気がしたのだ。
麻悠だけは絶対に手を出さない。
そう小声で呟くようにして。しかし、それは束の間の一瞬だったのかすぐ向き直り、
「おっと。予定より過ぎちゃっているからそろそろ送り出さないと。それじゃあ、麻悠送ってくるよー。」
と、俺達を後にした。
「じゃあみんな、今日はありがとうー。涼太、明日マイホームでねー。」
麻悠もそう言って皆に別れを告げた。
「ああ、またな。麻悠。」
マイホーム。少しこそばゆいな。俺はそう思いつつも照れを隠すようにして麻悠に別れを返す。
そうすると、他の連中も連なって麻悠に別れを告げる。
「お疲れ様ー。またうちのお店貸し切りしてよー。いつでも予約承り中だからさっ。」
「またねー、麻悠ちゃーん。拓海は早く帰って来いよー。」
「そうだぜー、あんまり遅くしていると、千夏ちゃん心配するぞー。」
「ちょっと、明人君何言ってるの!?……ま、またねー、麻悠ー。」
大地はしっかり『たっちゃん』の店を宣伝しつつ、直敏と明人はからかいつつ、千夏は恥ずかしそうにして麻悠を送る。
麻悠もその様子を楽しそうにして皆に手を振って別れた。
そう、このときはまだ誰も…そして、俺も知らなかった。
まさか、この幸せな瞬間が儚くも一日で終わってしまうということを。
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