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side洸
遥斗がマンションから出ていってもうすぐ二時間。俺は持ち込んだ書類と格闘していた視線をふと少女に向けた。
昨日、亨さんから電話が入ったときは驚いた。普段はとても温厚な亨さん。言葉遣いも丁寧で物腰も柔らかい。なのに昨日は切羽詰まった怒鳴り声で俺に電話してきた。
しかも、一方的に切れてしまった。
わかったのは、急いで遥斗のマンションに駆けつけないといけないということだけ。
最初は遥斗に何かあったのかと思い急いで駆けつけた。しかし、いざ着いてみれば、そこにいるのは小さい少女。
両足から血を流し、体には無数の傷。顔色は白を通り越した青。
一瞬、生きているのかを疑った。
すぐさま近付き脈をとれば風前の灯。俺は急ぎ往診セットを広げ処置をした。
遥斗はその間少女から離れることはなかった。
その姿は例えるならライオンがウサギを守っているかのように。
幸い命に別状はなかったけど、少女は今も目を覚まさない。
「はぁ、あの無関心冷徹男の遥斗を動かした君は一体何者なんだい?」
その声は静かな室内に木霊する。
しかし、返事が返ってくることはない。
一度少女に向けた視線を書類に戻し再び作業を始めようとしたとき、少女の瞼が微かに動いた。
「ねぇ、聞こえるかい?大丈夫かい?」
俺は、声をかけながら少女に向かって手を伸ばす。
今だ開ききらない瞼が徐々に上がる。
そして、その瞳に、少女の瞳に俺が写った瞬間、少女から悲鳴が聞こえた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は一瞬驚きから体を離す。少女が布団から飛び上がったことにより開く距離。
刹那の判断。
俺ではダメだ、と。
俺が近づいてはいけない、と。
伸ばした手を力なく下げた時、
扉の開く音
微かにかおる幼馴染みの薫り
次に目に写ったのは、少女をそっと抱き締める遥斗の後ろ姿だった。
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