海原十月 其の六

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「あの。その距離でついてくると、本当に痴漢と間違われますよ。歩くなら隣、歩いてください」  僕は慌てて海原の隣へ駆け寄る。なんだろうか。何か言いたいことがあるような。そんな雰囲気を海原が醸し出していた。今なら聞き出せるかもしれない。彼女の身に一体何が起こっているのか。 リニア建設現場から離れて少し歩いた場所から海原と僕は住宅街へと続く道へ入った。駅前の繁華街から少し道を逸れるだけで通行人はほとんどいなくなり、街灯もまばらになった。海原の家までは後どれくらいだろうか。自宅に到着してしまっては話しを切り出すタイミングを失ってしまう。僕は思い切って海原に話しかけた。 「なあ。さっき事務所で話したことなんだけどさ」 「お願いです。シフトは今まで通り、入れてください。今から新しいバイト探したんじゃ仕事を覚えるまで収入が減ってしまうので」 「だからさ。その、収入の話しなんだけど」 僕も伊達に店長業務をやってはいない。労務管理は重要な仕事だ。どのアルバイトがどれだけ働いて、いくら給料をもらっているか。それくらいは把握しているし、ちょっと考えれば海原の状況と働く理由の間に生じる矛盾もすぐに考えられることだった。賭けに出るつもりで海原に言葉をぶつけた。 「本当は生活費でも学費でもないんだろ?」 僕のその言葉に海原は一瞬だけ反応が遅れたように見えた。やはりそうか。 「いえ、さきほどお話した通りです。仕送りもないですし、学費も自分で払わなければならないので」 海原は否定したが僕はその言葉を断ち切るように話しを進める。 「十万円だ」 唐突に切り出したその単語に海原がこちらへ顔を向けた。 「君の一か月あたりの収入だ。週五日。平日は学校が終わってから四時間。土日を八時間のフルタイムで働いたとして、ざっくり計算した君のお給料。大体そんなもんだろ」 学生で一か月十万を超えるバイト代は、かなり稼いでいる方だろう。僕も今まで何人も学生アルバイトを見てきたが、夏休みでもない限り一か月の収入が十万を超える者は少数だ。いや、普通学校に通いながらのアルバイトではその収入を毎月キープするのは不可能と言っていい。だが、海原はそれに加えて状況が特殊だ。
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