第7章 ナイスセンス

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「照義!」 あの日、あの小さな部屋にこれからふたりで暮らす事になった時、俺がどれだけ嬉しかったか。 達樹様はきっとわからない。 雇われる立場でなくなった俺に元執事と言ってくれただけで嬉しかった。 好きだと、自分の気持ちを伝えられた時、どれだけ心が軽くなったか。 どこかで夢のように感じていた。 ずっと長い間夢でしか見れなかった事ばかりだから。 「照義!」 「グッ、ゲホゴホッ!」 夢の中からいきなりリアリティのある重さが腹にのしかかった。 「達樹様! 危ないですよ、バランスがっ」 ハンモックで揺られながら昼寝をしていたところに、飛び乗ってきたふわふわの髪をした元気な生き物を落ちないように抱え込む。 ずっと触ってはいけないと思い込んでいた髪 それでも触れたくて、あやすかのようにそっと撫でていたっけ。 寝かしつける時なんて効果抜群で、内心喜んでいた。 「! なんで“様”が付いてるんだよ!」 「え? あ、寝ぼけてました」 まさか夢の中で執事に戻っていて、勝手に悶々していたとは説明出来ずに笑って誤魔化そうとすると、あやしいと言わんばかりに覗き込んでいる。 しばらくそのまま無言で観察された後、変な寝ぼけ方とぼやきながら、自分もハンモックの中に収まってしまった。 いつもの習性で横に寄り添うように体を置いた達樹の髪をそって撫でていると、すぐに達樹の目がとろんとしてきた。 まるで暗示にでも掛かっているみたいだ。 「一時間ひとりで何してたんです?」 「んー? 買い物コースを頭に入れてた」 このまま眠ってしまいそうに達樹の声が穏やかになっていく。 海外活動の予定が決まり、あとは出発するだけになったある日、達樹が旅行に行きたいと言い出した。 これから三ヶ月は海外を飛び回る生活が続く。 旅行とは違うけれど、初めての事ばかりになる毎日なのは簡単に想像が付く。 せめて出発の前くらいは家でのんびりすればいいのにって思ったけれど、どうしても達樹は旅行に行きたかったらしい。 旅行会社で相談してみたり、ネットで自分なりに調べてみたり、柿花の屋敷を出た直後の達樹なら想像しなかったくらいに、ひとりで出来る事が増えた。 そして何よりいつも楽しそうだった。 旅行先を沖縄にしたのは達樹だった。
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