第一章:リベンジ志願

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「今、仕上げに入ったとこ」 実香のキャンバスを見やると、色鮮やかで明るい、無邪気な夢そのものの風景が広がっていた。 先生から「デッサンがちょっと甘い」と指摘されたから、そこはちゃんと直したみたいだな。 この子は素直なのだ。 実香の澄んだ声に、田中がまた半分だけ眼鏡の顔を振り向ける。 しかし、銀縁のレンズの奥で開かれた目は、打って変わって寂しげに映った。 これは、僕と実香が話していると、彼がよく見せる表情だ。 目が合うと、田中はまた眼鏡の顔を自分の創作に向き直らせた。 彼が視線を求める相手は、僕ではないのだ。 「今度は私も賞を取ってリベンジするから」 黒子のない、快活なシンメトリーの笑顔と朗らかな声音に「リベンジ」という言葉はいかにも不似合いだ。 多分、本人としても「チャレンジ」と大差ない意味合いで使ってるんだろう。 まだ話を続けたそうな実香に笑顔で頷きつつ、振り向かないもう一人のポニーテールの肩越しにキャンバスを盗み見る。
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