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「もうすぐ完成だね」
僕はまたさりげなさを装って二人の背後に立つ。
実香は待ちかねたように振り向いた。
振り返った瞬間、人工的な花の香りがふわりと届く。
多分、シャンプーか、ボディソープの匂いだろう。
まるで香りを嗅ぎつけたかのように、少し離れた場所で描く田中が銀縁眼鏡の顔を振り向ける。
これは僕らの後輩で、まだ一年生の男子だ。
目が合うと、彼は眼鏡の奥の細い目を険しくして、自分の作品に目を戻した。
――うるさいですよ。
後輩の丸めた背中は、そう非難している。
自分から他人に滅多に話し掛けられない彼は、批判や拒絶もそんな挙動で示すのだ。
肩越しに見える後輩のキャンバスは、拘りのある箇所は異常に細密に描かれているだけに、全体としては空疎な部分が目に付いた。
顧問の先生から「もっと全体を見ろ」と注意されたのにあの調子だから、僕が進言してもまず聞き入れないだろう。
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