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ふと、見詰めていた黒い一点の上に、ポッと光る粒が点(とも)った。
次の瞬間、首筋にさっと冷たいものを感じて、体が震える。
息を吐く間もなく、ひやりとした雫が鞄を持つ手の甲や剥き出しの腕にポツポツ落ちてくる。
まだ、十分以上も家まであるのに、雨が降り出してしまった。
僕と智香の間に、雨粒が次々線を引いて落ちては、地面に黒い点を作っていく。
立ち上る路地の匂いが加速度的に濡れてきた。
「どうして」
背を向けて早歩きに数歩進んだところで、呟く声が耳に届いた。
まるで呪文を掛けられたように足が止まる。
初めて、智香に話しかけられた。
ザーッと木々の葉のざわめく音がして、蒸し暑い風が通り抜けた。
握り締めた拳の中が汗でヌルヌルする。
「俺がずっと見ていたのは君なんだ」
振り向けないまま自分にだけ聞こえるくらいの声で呟くと、智香の返事を待たずに夕立の路地を駆け出した。(了)
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