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晶子の厳しい声と眼差しに、朋美は承服するしかなかった。
「分かった。気をつけてね」
「うん。朋美も気をつけて帰るのよ」
朋美は入ったばかりのドアから外に出た。晶子は、それを確認すると、喫茶店の中に歩いて行った。平日の夕方の喫茶店はガランとして客は疎らだった。
晶子は階段を上がって、中二階に進んだ。晶子の背筋を走る悪寒が強くなった。その時、晶子は目を見張った。奥のブースに座っている黒革のマスクにミラーグラスを着けコートを羽織った人物を見咎めたからだった。晶子はそのブースに近づいた。その人物は晶子を見た。
「久しぶりだな、晶子」
唸るような低い声だった。
「メルサ。あんたなのね」
「そんなところに突っ立てないで、まあ、座れ」
そう言って、メルサは黒い皮手袋の右手で自分の前の席を指し示した。
晶子は、背後にウエートレスが立っているのに気付いた。そして、コーヒーテーブルを挟んでメルサに相対するように座った。ウエートレスが晶子に注文を訊いた。晶子はコーヒーを頼んだ。
「どうして、わたしがこの喫茶店に来ることが分かってたの?」
ウエートレスが立ち去るのを確認して、晶子が問い掛けた。
「お前は俺の仲間に監視させている」
「そうだったの。いつでもわたしを襲撃できると言うわけね」
晶子はそう言って、笑った。
「お前、余裕だな。紅い生霊をいつでも呼べるからか?」
「そんなことより、わたしに用事があるから、ここで待ってたんでしょ。用件はなんなの?」
その時、ウエートレスが晶子のコーヒーを運んでやって来た。メルサは、ウエートレスがテーブルの伝票に注文を書き加えた後立ち去るのを確認してから、応えた。
「この前の大阪では、俺たちの完敗だった。紅い生霊やお前の力を甘く見ていたからだ。そのために、オスロとカシムを失った。俺も危うく命を落とすところだった」
メルサはポツリ、ポツリと話し出した。
「それに、俺たちの存在も大阪の警察に知られてしまった。俺は、この始末をつけなければ組織から追放される。つまり、紅い生霊とお前に報復するということだ。それが、俺が組織に留まれる唯一の道だ。ほかに選択肢はない」
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