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小夜時雨が印象的な日だった。
「あーもう。せっかくのイブなのにみぞれなんて中途半端。ちゃんと雪になればいいのに」
そう言って、頬を膨らませた真尋(まひろ)は少し高い位置から僕に傘を傾ける。
「いいよ。大丈夫。ほら、もう亮ちゃん家に着くから」
「なーに、照れてんのよ。お風呂だって一緒に入るクセに」
「入ってた、だろ。何年前の話をしているんだよ」
「えー、そうだっけ? 私は今でも別にいいけどね」
「なっ……。」
僕は歩くスピードを早め、もう目と鼻の先にある亮ちゃんの住む古びたアパートへと向かった。
「あ、ちょっと待ってよ、カズ。濡れちゃうでしょ!」
追いかける真尋を無視し、インターホンというよりは呼び鈴に近いそれを鳴らした。
するとドアの向こうから大きな声で、「おお、来たか。勝手に入ってこいよ!」といつも通りの反応が返ってきた。
制服の肩口やズボンの雫を手で払っていると真尋が追い付いてきたので慌ててドアを開け入った。
「久しぶり」
横から真尋も顔を出す。
「亮ちゃん、ばんわー!」
亮ちゃんは僕の叔父だ。
幼馴染の僕らは何かといえば亮ちゃん家に押しかけ遊んでいた。
「ったく、こんな日によく来たな。もうあれだろ?おっさんなんかほっといて、二人でイチャイチャする時期なんじゃねーの?」
黒のTシャツにジーンス姿の亮ちゃんは机に向かったままの姿勢で僕に話しかける。
「そういうのいいから」
ブーツを脱ぐのに戸惑っていた真尋が会話に参加してきた。
「なになに? 何の時期?」
「なんでもないってば」
「おいおい和陽(かずひ)。なんでもないってことは無いぜ? 高校生ってのは、何が起こるか分からない時期なんだからよ」
と、けたけたと笑う亮ちゃんにつられて僕も真尋も笑った。
今になって僕は思う。
あの日、亮ちゃんは僕らに何かを伝えたかったんじゃないか。
普段と変わらず特に何がということはなかったけど、あの日あの時、僕らをみて微笑む亮ちゃんの姿が頭から離れない。
この七日後。
年が明けてすぐに亮ちゃんは死んだ。
いや、殺されたんだ。
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