第1章

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―松尾― 同じうどんを注文して、彼女の斜め前の席に座る。 彼女はさっきからうどんを食することなく左腕を掲げている。 「さっさと食べないと伸びるよ」 いつも彼女と一緒に居る女性がそう言うと、慌ててうどんを食べ始めてむせた。 ああ、今日も可愛いなぁ。 あんな可愛い子がこの世に存在すると知ったのはこの入って暫く立ってから。 母親が作った弁当で昼を済ませていたがある日弁当を忘れた日があった。 しょうがなくやって来た社食。そこに彼女は居た。 可憐で、清楚で。いつも笑顔を絶やさない。 彼女はきっと天使だ。いや女神かもしれない。 うどんを食べ終えて食器を返却口に持っていく。 最後に彼女の姿を見ようと振り返るとこちらを見て小さく手を振った。 僕に? まさか、そんな事が。 満面の笑みを浮かべる彼女が眩しすぎて慌てて顔を背けて社食を後にする。 なんだってあんなに可愛いんだろうか。 ついさっき見た笑顔の彼女。 俺に振ったよな?あの手。 ああ、なんでちゃんと振りかえさなかったんだろうか。 自分が情けない。 気合いを入れるために洗面所に行く。 黒縁の眼鏡を外して顔を洗う。 バシャバシャと水が跳ねて隣の人に水がかかってしまった。 「すみません」 そう謝ると『いいえ』と返ってきた。 鏡越しに見えたその顔は、営業の加藤太朗。 イケメンだかなんだか知らないが、女性に人気だ。 だが、この男女性に対する態度がなってない。 なんだってこんな男がみんな良いと言うのかさっぱり理解出来ない。 ポケットからハンカチを取り出して顔を拭う。 糊が効いたハンカチはいつもパリパリで使いにくいが母親が毎日アイロンをかけてくれているから無下にも出来ない。 眼鏡をかける。 髪が少し伸びた? 彼女の好きな黒縁メガネと黒髪。 どこまで近づけただろうか? 鏡に映る自分の顔をじっくり見つめる。 イケメンとまでは行かなくても人並みだろう。 仕事だってそこそこ出来る。 あとは自信を持って彼女に告白をするだけだ。 彼女の理想に少しでも近づけたらそうしたら告白しよう。 君の理想の人として。 ドアを開けると丁度目の前を彼女こちらを見て通り過ぎた。 こういう些細な偶然が彼女の心に残って僕の存在を意識することになるんだ。
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