くらがりの百足

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「どういうこった?」 男が自宅を出たのは、またも日が暮れた後だった。 「幾つか魂がだぶる感じの気配だってのに、キメラじゃねぇだって?」 「検分の結果を聞く限り、そうだ」 痩せた男は、未だぱらぱらと降り続く雨粒の下、濃紺の傘を目深に構えつつ痣の言葉に応える。 「俺も、最初はお前の言う通り少数の尾行かと思った」 「それが分からんから布に火付けて投げたのか」 男は黙って頷く。10メートルほど歩いてすぐ人の無い裏通りに入り、雨の降り込まない空き家の勝手口の軒下で、身を潜めるようにうずくまる。 「ケーヒルに扉の出口をここに変更してもらった。いざとなったら中に逃げ込める」 「すげえな、あの親父。魔力の泉みたいだ」 痣は感心して言う。 「で、次はここで出待ちってわけだな?何かしら事情を知ってる哀れな化物諸君をひっつかまえて、どうする?尋問でもするか?」 「まあ、見てろよ」 細身の男は、傘の下に隠した表情を若干緩めた。  夜の闇が辺りをおおった後も、男は微動だにせず、待った。  雨は夜が深くなるにつれ勢いを増し、日付を跨ぐ頃には周囲の音が一切聞こえなくなる程に地面を叩くようになった。跳ねた雨粒が男の服を濡らした。彼は鬱陶しそうにそれを払ったが、座り込んだまま立ち上がる気配はなかった。生ぬるい初夏の雨はその体温をじわりじわりと奪う。痣は口をつぐんで、男と共に周囲の雨のカーテンに神経を注いだ。何か気配は無いか。二人は言葉を交わしはしないものの、お互いの性質を理解し尽くしている。男は気配の方向を察知する野性的な感覚で、痣は気配を魂から感知する魔力を元にした技で、お互いの短所を輔弼し合い、同時に長所を一層際立たせていた。今まで共に過ごしてきた間、常にそうであり続けてきたように。  明け方が近付いてきた。散々降りしきった雨もようやく上がり、雲に覆われた東の空が僅かに白み始めた頃、胡座をかいたまま死んだように動かなかった男がにわかに立ち上がった。 「待ち人来ず…か」 全身余すところなく濡れきった男は、縮みきった腰を反らし、大きく伸びた。 「これから毎晩やるのか?もっと効率のいい方法があるだろう」 久々に口を開いた痣は開口一番文句を口にしたが、男は首を横に振る。 「奴なら必ず食いつく。お前より付き合い長いんだ、任せとけ」
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